クロガネ・ジェネシス
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第一章 海上国家エルノク
第10話 リベアルタワー侵入
翌日。武大会が最も盛り上がる最後の日。
観光客でさえこの日は武大会に注目する日に、青い時計塔、『リベアルタワー』の前にいる4人の亜人と人間がいた。
亜人は2名。1人は全身白い体毛を持つ狼の亜人バゼル。もう1人は、ピンクのチャイナドレスをその身にまとい、側頭部から生えた猫の形をした耳と、枝分かれした2つの尻尾が特徴の猫の亜人、ユウ。
人間は、へそだしルックに太ももが丸見えるカットジーンズ、と黒のノースリーブに白いジャケットを着た格闘戦士、ネレス・アンジビアンと、ブリリアントブルーの法衣服に身をまとい、ガンベルトに二丁の拳銃を装備したアーネスカ・グリネイドだ。全員水の入った水筒を常備している。
目的はただ1つ。グリネイド家長女、アルトネール・グリネイドと、亜人、ギンの救出だ。武大会の盛り上がりは最高潮に達している。観光客でさえ今はほとんど立ち寄らない。今が絶好のチャンスなのだ。
「堂々と正面から入って大丈夫なの?」
ネルはバゼルにそう問いかける。普段は観光客や、一般人で賑わう所だ。しかし、ここにアルトネールが捕らえられているのならば、自分達と敵対する何者かがいても不思議ではないと思ったのだ。何より、バゼルは亜人だ。この国にどれだけ亜人が浸透しているかは分からないが、亜人が堂々と入ってもいいかは疑問が残るのだ。
「心配ない。今は人などほとんどいないだろうし、アルテノスでは亜人と人間の共生が始まっている。エルノク国王も亜人と人間を同じ存在として扱おうという思いでいる。それに……」
バゼルは1度そこで言葉を切った。そして、僅かな沈黙をはさんで再び口を開く。
「このガタイだからな。攻撃を加えるような人間だっていないさ」
バゼルは自分の姿がどれだけ人間に対して影響を与えるかを理解している。大抵の人間が自分を恐れることも。
「確かに、あんたのガタイ見たら、大抵の人間はびっくりするでしょうね」
やや皮肉を込めてそういうのはアーネスカだ。
「そういうことだ」
バゼルは渋い表情のまま呟いた。
「それじゃあ、作戦の確認をしましょう」
会話を切り、アーネスカが切り出す。
「あたしとユウが、アルト姉さんを救出に向かう。ネルとバゼルがギンとか言う亜人を探す。あたしの手元には、アルト姉さんの居場所を直接把握できるアミュレットがあるから、多分すぐ見つかると思う。見つかったらアルト姉さんの精神感応《せいしんかんおう》能力でギンと連絡を取り、その居場所をネルとバゼルに伝える。ギンとアルト姉さんの両方の救出に成功したら、合流して脱出。合流が無理そうなら、各々脱出。これでいいかしら?」
「問題ない」
「OK」
「じゃあ、早速突入しましょう。ユウ。期待してるわよ」
「ええ、こちらこそ、よろしく」
ユウとアーネスカは互いに目配せをした。
4人はいつでも観光客が出入りできるようにと開け放たれた大きな門を通じて、『リベアルタワー』へ入った。
リベアルタワーの内部は魔光の明りによって照らされていた。明りを消すと外からの光が少ない塔の内部が薄暗くなってしまうためだ。
壁も床も全て石で出来ており、入り口からすぐ右手に、壁を伝うように大きならせん階段がある。
「おかしい……」
「うん。変だね……」
入って早々バゼルとユウが呟く。普段からこの塔を出入りしているわけではないアーネスカとネルには何が変なのか分からない。その理由を問おうと、アーネスカがバゼルに話しかける。
「なにが?」
「受付の人間がいない……」
観光施設の1つとなっているリベアルタワーに受付の人間がいないというのはおかしい。受付がいないのなら休館になっていてもおかしくないのだが、門は開け放たれている。
「確かに妙かも……」
「……とりあえず、俺とネルはギンを探す。アーネスカとユウはアルトネールを頼む」
「じゃあ、任せるわね。行こう、ユウ」
「ええ、バゼルさん、ネルさん。ギンをよろしくお願いします」
「ああ」
「オッケ!」
アーネスカとユウはらせん階段から上のフロアへと向かう。残されたバゼルとネルは早速探索を開始した。
「ギンが捕らえられているとしたら、地下の牢獄が妥当かもしれん」
バゼルは、広いロビーの一角にある壁に触れる。その壁の一部を強く押し込む。すると、押し込んだ壁がへこみ、壁の一部が横にスライドした。そこから先は地下へと続く階段があった。
「これも観光スポットの1つ?」
「ああ、エルノクの歴史では、エルノク建国直後は、この塔そのものを城として使われていて、地下牢獄はその時の名残だ。今ではこの牢獄もただの観光スポットでしかない。だから本来なら誰も閉じ込められてはいないはずだ」
その直後だった。
『ア"ア"ア"ア"ア"〜!!』
『!?』
何者かの声が地下から聞こえた。この世のものならざる悲鳴のような声が。
「なに……今の声?」
「分からん……行ってみるしかあるまい」
2人は地下へと続く階段へ足を踏み入れる。2人の表情からは緊張の色が隠せない。
地下へ下りるというのは誰しも抵抗を感じるものだ。それが1度も入ったことのない場所で、その先が牢獄に続いているというのだから尚更だ。
階段はらせん状になっていた。どれだけの長さなのかバゼルはともかく、ネルは分からない。少なくとも、ネルにとって長い地下への階段は畏怖せざるをえないものだった。
「どれくらい続くの、この階段……」
「あと少しだ」
あと少しだなんて言われてもどれくらいがあと少しなのか抽象的過ぎてわからない。
しかし、バゼルの言うとおり、それほど長い時間がかかることもなく、地下へとたどり着いた。
階段の終わりは、同時に大きな空間を出現させた。魔光によって照らされたその空間は石の壁で海水の浸入を防いでいる。空間は巨大な竪穴になっていて、壁に空いた無数の穴が、牢として機能しているようだ。
「ギン……いるな」
「分かるの?」
「ニオイでな。奴は確実にここのどこかにいる」
「どうする? さっきの変な声……何か生き物がいるとしたら声を上げて探すのは危険なんじゃ……」
「かもな、1つ1つ牢を確認して奴がいるかどうか確かめた方がいいかもしれん……余計な戦闘は避けたいしな」
2人はそこから坂になっている道を下り、壁に空いた穴へと向かう。穴の数はかなりあるため、1つ1つ確かめるのは少々骨だ。
「そういえばバゼルさん」
「なんだ?」
「ギンさんってなんの亜人なんですか?」
「すまないが、それについては本人から直接聞いてもらうしかない。奴は自分の姿にコンプレックスを持っているからな」
「コンプレックス?」
「ああ、自分の素の姿が嫌いなんだそうだ。だから変身のカードで本来の姿を隠している。そう言えば、特徴を伝えてなかったな」
「そういえば……」
「簡単に話しておこう。奴は丸眼鏡をかけていて、アフロ風の天然パーマをしている」
「ア、アフロなんだ」
「天然パーマだから自分ではどうしようもないらしくてな、その頭の形もあまり好きではないらしい」
「分かりやすい特徴かもしれない」
「俺もそう思うよ」
会話を終えて、2人は再びギンの捜索を再開する。その時だった。
『ア"ア"〜!!』
階段を下りるときにも聞いたあの謎の叫び声。それが縦穴の洞窟内に響き渡った。
「なんなの、この声……?」
「さあな」
「おお〜い!」
謎の叫び声とは別の声がこだまする。バゼルがその声に反応し、縦穴の下のほうを見る。姿は確認できないが、その声は間違いなく下から響いてきた。
「今の声は?」
「ギンの声だ。やはりここにいたか」
2人は急いで下のフロアへと向かう。もっとも下のフロア。壁にあいた穴に鉄格子を差し込んだ牢の1つにその男の姿があった。
アフロヘアーの天然パーマに、丸眼鏡、そしてなぜか半裸の男が1人。
「ギン!」
「よおバゼル!」
バゼルとネルはその男のいる牢屋へと向かっていく。
「思ったよりあっさり見つかったね」
「ああ。あとはアーネスカとユウがアルトネールの救出に成功すれば、脱出するだけだ」
牢屋の前にて、ギンとバゼルは互いの目を合わせた。
「しばらくぶりだな、ギン」
「ああ、ったく俺様としたことが情けねぇ。あんな女にぶちのめされてこんな所に監禁されることになろうとはよ……」
「なぜお前まで連れ去ったのだろうな?」
「さあ。なんか俺様のことが気に入ったとか言ってたぜ。所で……」
ギンはネルに視線を送る。
「この犯《や》ったら幸せになれそうなくらい体の締まってる女は誰だ?」
「……ゾク」
ネルはギンの視線にゾッとしたものを感じた。目つきがかなりいやらしいのだ。
「ネレス・アンジビアンだ。今回アルトネールとお前の救出に手を貸してもらっている」
「へ〜……」
ジロジロとネルを舐め回すかのように見つめるギン。
「な、なに?」
ネルは思わず後ずさる。凶悪な面構えにいやらしい瞳は、女性に恐怖を抱かせるには十分な破壊力を持っていた。
「あの女も○○りよかったが、こいつも中々良さそうだな」
「おい、ギン。お前……」
ギンを見つめるバゼルの顔が険しくなる。
「いや〜あの女俺に色仕掛けしてくるもんだからさ。○○○ければ○○○もいいのよとか言いやがるからよ、何にも考えずに○○○突○○○じまった。いや〜あの○○りは最高だったな。おっぱいもでかいし、ウエストもくびれててよ。○○っていうんだから遠慮なく○○てやったんだよ。容赦なく○に○○たしな」
あまりにも下品極まりないギンの口ぶりにネルは狼狽する。ユウがギンを助けることについて、頭に必ず『ついでに』といっていた理由はこの下品な発言や、性の価値観によるものだったに違いない。
「でだ、助けに来てくれたんだろ? 早くこれ開けてくんねぇか? いい加減外の光を浴びたいからよ」
――別に助けなくていいような気がする……。
ネルはそう思う。しかし助けないわけにもいくまい。
「相変わらずふてぶてしいなお前は……」
『ア"ア"ア"〜!!』
「ん!?」
「ちっ! さっきからうるせぇな……」
3度目の謎の奇声。その正体は未だにわからない。
「ギン。あの声はなんなんだ?」
「俺がここに連れられてきて監禁された時に、一緒に連れてこられたバケモンだ。俺の向かい側にある牢屋を見てみろ」
バゼルとネルは2人揃ってギンとは正反対の牢屋に目を向ける。
そこにいたのは、人間のような何かだった。両手は壁と繋がっている鎖で動きを封じられている。全裸の状態の男のようだが、形が人間のそれとは異なる。首と頭が2つ付いており、頭部はサボテンか何かのように細長く、肌の色はこげ茶色に変色していて、ミイラのようにその肌は乾いている。
「なに……あれ?」
誰も分かるはずのない疑問を口にするネル。無論、ギンもバゼルもその正体がなんなのかはわからない。
『ア"ア"ア"〜!!』
またしても絶叫するミイラ男。
「ついさっきまで、ずっとだんまりだったのに、お前らが来た途端にギャアギャア叫び始めやがったんだ……」
言われてバゼルとネルは思い出す。地下への階段を出現させた直後からこの声が聞こえだしたことを。バゼルはそこから仮説を唱える。
「恐らく、外の空気に反応しているのだろう」
「どういうこと?」
「見た限り体が干からびているからな。外の湿気を感じ取り、外に出たがっているのかもしれん。が、俺達には関係のないことだ。人間であるかどうかすら分からないんだ。下手に関わる必要はない」
ネルは無言で頷いた。その通りだと思ったからだ。
「ではギン、鉄格子を開けるぞ」
「頼むぜ」
ネルは疑問に思う。鉄格子の鍵など自分達は持っていない。どうやって扉を開けるつもりなのか。
ネルが疑問に思っていると、バゼルは鉄格子を2本握った。
「フン!」
そう気合を入れて叫んだ直後、2本の鉄格子はバゼルの握力で折れ曲がり、人1人が通れる位の隙間が出来た。
「サンキュな」
――なんてムチャクチャ……。
腕力だけでここまで出来てしまうバゼルの力に驚くネル。人間には到底不可能なことだ。
のそりと牢屋からギンが出てきた。
「で、これからどうすんだ?」
「アーネスカとユウがアルトネールの救出に向かっている。アルトネールが救出されたら、精神感応能力で俺と連絡を取り合う。それが出来たら、俺達3人だけで脱出し、アルトネールは2人に任せる。それが不可能な場合は合流して全員で脱出する」
「わかった」
3人は地下の縦穴から外に出るため、歩き出す。そして、再び長い階段を上り始める。
階段を上りきった直後、バゼルとネルは一瞬言葉を詰まらせた。
「どういうことだ……これは」
「何者かが、私達の邪魔をしようとしてる?」
「これじゃあ、出られねぇな……」
『リベアルタワー』に侵入したときにはあいていた門。それが閉じられている。
この門は内側から基本的に開けられない。外からかんぬきでもかけられていようものなら当然内側からは出られない。
ネルとバゼルは何とかならないものかと、門を力いっぱい押してみる。しかし、門は2人係で押してもびくともしない。
「仕方がない、アーネスカ、ユウと合流を目指すぞ。ここにいても何も出来そうにないからな」
ギンとネルは頷き、3人は階段を上り始めた。
――どうやら……零児に賭けるしかないようだな……。
「やはり……失敗作は失敗作か……」
ギンが閉じ込められていた縦穴の地下。そこに残されたミイラ男を見つめながら1人の男が呟いた。
四角い黒ぶちめがねをかけたその男は、長袖のジーンズに赤いシャツを着ている。胸の部分のボタンは開けており、たくましい体を存分にアピールしている。彼の口元には普通の人間には見られない牙のようなものが時折覗いている。そして、その男の両手には水の入ったバケツがあった。
『ア"ア"ア"ア"〜!!』
男はミイラ男のやかましい叫び声に顔をしかめる。
「レジーの話では水を与えると暴走するから、いざと言うときは使えとのことだったが……」
この地下に捕らえてある亜人……即ちギンが脱走するようなことがあれば、門を閉じ、このミイラ男に水を与え暴走させろ。その指示が彼には与えられていた。
「まあ、言われた通りにはするさ。あいつは女だが、俺達より力があるのは確かだからな……」
男は水が入ったバケツを1つその場に置き、もう1つの水の入ったバケツを牢の外からミイラ男にぶっかけた。
『オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"オ"ォォォン……』
水をかけられたミイラ男が今までとは違う声を上げる。それは歓喜の声だ。喜びの叫びだ。途端、ほっそりとしていたミイラ男の全身の筋肉が膨れ上がり始めた。2つの口から放たれる不気味な声が幾度となく響き渡り、自らの体を拘束していた鎖が膨れ上がった筋肉の増強に耐え切れず外れる。
『ア"ッ! ア"ッ! ア"ッ! ア"ッ!! ア"ッ!! ア"ッ!!』
ミイラ男は牢にしがみつきしきりに鉄格子を曲げようと力を入れ始める。鉄格子はさほど時間もかからずに折れ曲がり、ミイラ男はそこからのそりと、牢の外へと出る。
「俺まで食い殺されかねんな……」
男はそれ以上ミイラ男の観察をやめ、地下から出ることにした。その間、ミイラ男はもう1つのバケツに入った水を飲み干さんと、片方の頭がバケツに顔を突っ込む。2つの首がその水を奪い合い、床にこぼれ落ちた水さえ残らずにキレイに舐め上げる。
『ダッ……ダリナ"イ……』
ミイラ男は更なる水分を求めて地下洞窟から脱出を図った。
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